大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(行コ)69号 判決

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

三  原判決主文第一項中の「請求」を「訴え」と更正する。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  控訴人甲野花子(以下「控訴人甲野」という。)及び控訴人乙山太郎(以下「控訴人乙山」という。)に対し、被控訴人武蔵野市長(以下「被控訴人市長」という。)が昭和六〇年八月二九日に控訴人甲野一郎(以下「控訴人一郎」という。)の住民票の世帯主との続柄欄を記載するに当たり世帯主である控訴人甲野との続柄を「子」と記載した処分を取り消す。

3  被控訴人市長は、控訴人甲野及び控訴人乙山に対し、控訴人一郎の世帯主との続柄欄を嫡出子と非嫡出子の区別なく記載した住民票を発行せよ。

4  被控訴人武蔵野市(以下「被控訴人市」という。)は、控訴人甲野及び控訴人乙山に対し各七〇万円及び各内金五〇万円に対するいずれも昭和六三年五月二九日から支払済まで各年五分の割合による金員を、控訴人一郎に対し、二〇〇万円及びこれに対する昭和六四年一月七日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

5  右4項につき仮執行の宣言

二  被控訴人ら

本件控訴をいずれも棄却する。

第二  当事者の主張

後記[1]、[2]のとおり付加するほかは、原判決「事実」中「第二 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。ただし、原判決四枚目裏六行目の「四項」を「四号」に改め、同九枚目表三行目の「一三条」の次に「、二四条」を加え、同一一行目の末尾の次に行を改め、次のとおり加える。

「さらに、このような扱いは、法律婚、事実婚、非婚その他あらゆる家族形態を国民が自由に選ぶことをはばんでおり、親自身のライフスタイルについての選択の自由、自己決定権を奪うものであり、憲法一三条の保障する自己決定権を侵害し、同法二四条の要求する家庭生活における個人の尊厳と両性の本質的平等をも侵害する。」

[1]  控訴人ら

一  行政訴訟について

1 処分性

住民票記載行為は処分性を有するうえ、続柄記載もそれ独自で例えば次のような住民の権利義務を形成する法律効果を生ずるもので処分行為である。仮に、続柄の記載が単独で一つの行政処分とは認められないとしても、行政処分の一部取消しとして続柄を「子」と記載した処分の取消しは認められるべきである。

(一) 児童手当及び児童扶養手当については、事実上子を扶養していたとしても続柄欄に「縁故者」などとしか記載されていなければ、児童手当の受給権は発生しない。これはまさに、続柄の記載の内容を要件として、児童手当の受給権が発生するものである。

(二) 続柄欄が「世帯主」の場合、他の続柄と異なった権利義務が生ずる。

国民健康保険法九条は世帯主の届出等の義務について規定している。また国民健康保険の被保険者の属する世帯で、その世帯主が被用者保険の被保険者である等により国民健康保険の被保険者でない場合がある。この場合でも、その世帯員である国民健康保険の被保険者についての各種届出や保険税の納付義務は当然にその世帯主が負わなければならない。

国民年金法八八条二項に基づき世帯主は、その世帯に属する被保険者の保険料を連帯して納付する義務を負っている。

(三) 嫡出、非嫡出で異なる続柄記載がされることにより、法の下の平等違背が生じていること。

(四) 嫡出、非嫡出という人に知られたくないプライバシーが暴露され、プライバシー権の侵害を生ずること。

2 原告適格

(一) 法(住民基本台帳法)は、個人単位に作成された住民票が「世帯ごとに編成」され(六条一項)、また「市町村長は、適当であると認めるときは、前項の住民票の全部又は一部につき世帯を単位とすることができる」(同条二項)とも定めているのであって、同法の、住民票における、こうしたいわば「世帯主義」は、決して無視されるべきではない。こうした世帯主義があるからこそ、続柄欄があるのである。国民健康保険事務や生活保護事務など広範な行政事務が世帯を単位として行われているのであり、世帯主義に支えられていることが考慮されるべきである。

(二) 続柄は世帯主との関係性を示す概念であるから、本人と世帯主の双方が当事者として法律的な利害関係を持つ。よって、少なくとも世帯主である控訴人甲野は原告適格を有する。

(三) 「子」という記載は、両親の有するプライバシー権を侵害する。右記載は、子が非嫡出子であることを公開するだけでなく、親と子の身分関係、ひいては子の両親の関係が法律婚か否かをも公開するものであり、まさに控訴人甲野及び控訴人乙山のプライバシー権を侵害するものであるから、右控訴人らは原告適格を有する。

(四) 親のプライバシー権が侵害されることによって、親が社会的差別をおそれて法律婚以外のライフスタイルを選択する自由を奪っている。すなわち、右記載は、親のライフスタイルについての自己決定権を侵害するものであるから、右控訴人らは、原告適格を有する。

(五) 控訴人甲野については、世帯主であることによって次のような権利義務があり、同控訴人の原告適格は否定されない。

(1) 国民健康保険法七六条による保険料納付義務

(2) 国民年金法八八条二項の保険料納付義務

(3) 法二六条により控訴人一郎にかわり届け出る権利義務

(六) 控訴人甲野は、控訴人一郎の親権者であるから、右親権に基づき外部からの侵害に対し子を保護する権利と義務を有しているのであるから、原告適格を有する。

(七) 控訴人乙山は、親権は有していないが、控訴人一郎を認知しており、法律上の父として当然に子を看護養育する権利と義務を有しているから、原告適格を有する。

(八) 法一四条二項により同一世帯に属する者の「誤記等の申し出」権(訂正申出権)が認められていることは、同一世帯員間に法律上の利害関係が発生することを法が認めているからであり、控訴人甲野、控訴人乙山の原告適格を根拠付けるものである。

(九) 被控訴人市長は、異議申立の審理中には原告適格を争っていない。同控訴人が訴訟段階でこれを争うことは住民に認められた手続を保障する見地からみて不当である。

3 続柄の差別記載処分の違法性

(一) 住民票の続柄差別記載は憲法一四条に違反する。

社会的身分を理由とする差別的取扱が法の下の平等に反するか否かの判断基準は〈1〉 立法目的の正当性(重要性)〈2〉 目的と規制手段との間の実質的関連性〈3〉 差別的取扱の程度の相当性の存否である。仮に正確性、統一性、戸籍との照応性が正当な目的であるとしても、それらはあくまでも行政上の便宜の問題であり、法の下の平等違背という基本的人権の侵害を合理化し得るほどの重要な立法目的とはいえない。「統一」とは戸籍の記載と住民票の記載との「統一」をいうものではないし、「子」という記載は戸籍と「統一」も「照応」もしていない。正確性を目的とするならばむしろ続柄記載に差を設けるべきではない。複雑な記載方法をとるから誤りも多い。正確性という法目的と続柄についての差別記載との間には実質的関連性がない。正確性、統一性は、特定人についてその同一性の確保が図られれば法の目的は達せられるのであって、そのことが続柄記載の戸籍との連動性を当然に導くものではない。仮に〈1〉〈2〉の基準を満たすとしても、身分関係を公開し、さらにはそのことによって就学、就職、結婚差別をもたらすような記載方法は社会的許容性を超えるものである。

(二) 戸籍の続柄記載差別の合理性判断の基準も右(一)の場合と同様であり、右目的が民法上の嫡出子と非嫡出子との区別を戸籍上も明らかにするためであるとしても、右目的のためには身分関係事項欄の存在で十分であり、法目的と手段との実質的関連性が弱いし、戸籍の続柄差別が深刻な社会的差別を生み出してきたことは周知の事実なのであるから、手段としての社会的許容性は全く認められない。

(三) 相続分差別の違憲性

戸籍の続柄記載差別の根拠とされる相続分差別、ひいては住民票における続柄記載差別の根拠とされている相続分差別は以下の理由により憲法一四条に違反する(東京高等裁判所平成五年六月二三日決定参照)。

(1) 民法九〇〇条但書前段は、嫡出子と非嫡出子とを相続分において区別して取り扱うものであることが明らかであるから、これが憲法一四条一項にいう「社会的身分による経済的又は社会的関係における差別的取扱い」に当たるというべきである。そして、以下の三つの基準からしても、右差別には合理性がない。

〈1〉 立法目的の重要性

相続分差別の根拠は歴史的にみれば家制度の維持、父系主義による財産の維持、承継にあることが明らかであるが、仮に法律婚の保護が尊重されるべき理念であるとしても、他方非嫡出子の個人の尊厳もまた等しく保護されなければならないのであり、その双方が両立する形で問題の解決が図られなければならない。一方で子の親に対する扶養義務は嫡出、非嫡出を問わず平等とされており、相続分のみ差別することは二重の意味で非嫡出子に不平等をもたらしている。憲法の草案には非嫡出子を差別してはならないことが明記されていたのであり、このことは憲法解釈の一つの重要な基準とされるべきである。

〈2〉 目的と規制手段との間の実質的関連性(手段の必要性)

この規制によって、婚姻外関係の発生を抑止することはほとんど期待できず、婚姻保護という目的との実質的関連性は非常に弱い。また、規制の範囲が立法の目的に対して広すぎ正確性に欠けることから、実質的関連性があるとはいえない。

〈3〉 手段の社会的許容性

ある行為を規制するため、その行為により法的不利益を生じさせるという場合でも、少なくともその不利益は行為者本人に課せられるものでなければならない。しかし、相続分差別による規制は、行為者ではなく、行為に関し全く責任のない子どもに加えられているのであり、規制手段としてははなはだ社会的許容性を欠くものといわなければならない。まさに「親の因果が子に報い」式の仕打ちであり、人は自己の非行のみによって罰または不利益を受けるという近代法の原則にも違反している。また、扶養義務については、非嫡出子のそれは、嫡出子の半分とは規定されていないのに、相続の方においてのみ半分であるとすることも、不平等に追い打ちをかけるものであり手段として著しく社会的許容性を欠くというべきである。

(四) プライバシー権の侵害(憲法一三条違背)

(1) 控訴人一郎につき続柄を「子」とすることは、親である控訴人甲野と控訴人乙山のプライバシー権の侵害である。すなわち、嫡出子と非嫡出子の続柄記載差別は親子の身分関係及び子の両親の身分関係を公開するものである。

(2) プライバシー権は、私生活をみだりに公開されない権利であり、プライバシー権の侵害に対し法的な救済が与えられるためには、公開された内容が〈1〉 私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であること、〈2〉 一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、換言すれば、一般人の感覚を基準として公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められる事柄であること、〈3〉 一般の人々に未だ知られていない事柄であることを必要とし、このような公開によって当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたことを必要とする(東京地方裁判所昭和三九年九月二八日判決宴のあと事件)。本件では、右の三つの基準はすべて満たされている。

(3) 平成四年二月、厚生省は、健康保険証(社会保険)において、子の続柄を嫡出非嫡出を問わず「子」と統一して記載する旨の通達を出した。右通達の趣旨はまさに個人のプライバシーの保護にあるが、本件の住民票も全くこれと同様の問題であり、続柄の差別記載はプライバシー権の侵害となる。

(4) 一九八〇年九月、OECD(経済協力開発機構)において「プライバシー保護と個人データの国際流通についてのガイドラインに関する理事会勧告」が採択され、加盟国である日本も右ガイドラインの採択に賛成している。

右のガイドラインは次の八原則を掲げている。

〈1〉 収集制限の原則

個人データの収集には、制限を設けるべきであり、いかなる個人データも、適法かつ公正な手段によって、かつ適当な場合にはデータ主体に知らしめ、または同意を得た上で収集されるべきである。

〈2〉 データ内容の原則

個人データは、その利用目的に沿ったものであるべきであり、かつ利用目的に必要な範囲内で正確・完全であり、最新のものでなければならない。

〈3〉 目的明確化の原則

個人データの収集目的は、収集時よりも遅くない時点に明確化されなければならず、その後のデータの利用は、当該収集目的の達成または当該収集目的に矛盾しないで、かつ目的の変更ごとに明確化された他の目的の達成に限定されるべきである。

〈4〉 利用制限の原則

個人データは、前項により明確化された目的以外の目的のために開示利用その他の使用に供されるべきではないが、次の場合にはこの限りではない。(イ)データ主体の同意がある場合、または(ロ) 法律の規定による場合

〈5〉 安全性の原則

個人データは、その紛失もしくは不当なアクセス・破壊・使用・修正・開示等の危険に対し、合理的な安全保護措置により保護されなければならない。

〈6〉 公開の原則

個人データにかかわる開発・運用及び政策については、一般的な公開の政策がとられなければならない。個人データの存在・性質及びその主要な利用目的とともにデータ管理者の識別、通常の住所をはっきりさせるための手段が容易に利用できなければならない。

〈7〉 個人参加の原則

個人は、次の権利を有する。

(イ)データ管理者が自己に関するデータを有しているか否かについて、データ管理者またはその他の者から確認を得ること

(ロ) 自己に関するデータをa 合理的な期間内に、b もし必要なら過度にならない費用で、c 合理的な方法で、かつd 自己にわかりやすい形で自己に知らしめること

(ハ) 前記(イ)及び(ロ)の要求が拒否された場合には、その理由が与えられること、及びそのような拒否に対して異議の申立てができること

(ニ) 自己に関するデータに対して異議を申立てること、及びその異議が認められた場合には、そのデータを消去・修正完全化・補正させること

〈8〉 責任の原則

データ管理者は、上記の諸原則を実施するための措置に伴う責任を有する。

(5) そして、日本でも一九八八年一二月、「行政機関の有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」(以下「個人情報保護法」という。)が成立したが、その四条は次のとおりである。

(個人情報ファイルの保有)

第四条第一項 行政機関は、個人情報ファイルを保有する(自らの事務の用に供するための個人情報ファイルを作成し、又は取得し、及び維持管理することをいい、個人情報の電子計算機処理の全部又は一部を他に委託してする場合を含み、他からその委託を受けてする場合を含まない。以下同じ。)に当たっては、法律の定める所掌事務を遂行するため必要な場合に限り、かつ、できる限りその目的を特定しなければならない。

第二項 個人情報ファイルに記載される項目(以下「ファイル記載項目」という。)の範囲及び処理情報の本人として個人情報ファイルに記載される個人の範囲(以下「ファイル記載範囲」という。)は、前項の規定により特定された個人情報ファイルを保有する目的(以下「ファイル保有目的」という。)を達成するため必要な限度を超えないものでなければならない。

憲法一三条のプライバシー権の内容も、右のOECD原則や個人情報保護法により具体化された内容となり権利化している。

(6) さて、住民票の続柄欄において区別記載することは、「住民の利便を増進する」(法一条の目的)という住民票作成本来の「目的」を達成するために必要な限度を超えないどころか、正反対に住民を苦しめ、不安不快の念を生じさせるものに他ならない。

また、この区別記載を必要とする行政事務は何ら存しないし、逆にこの区別記載を必要とする行政事務はあってはならない(それは差別行政を行うことに他ならないから)ものであって、このことも、続柄の差別記載が住民票作成の本来の目的を達成するための限度を超えた無用な私的情報を公開するものに他ならないことを意味している。

(7) 平成五年一〇月二一日第四六回全国連合戸籍事務協議会において、広島、山形及び兵庫から提案されていた住民票における嫡出子と非嫡出子の続柄差別表記の撤廃の要望が全会一致で採択された。これは毎日住民票などを扱う実務家のレベルにおいて、この差別表記が国民のプライバシーを侵害していると明確に認識されているからであり、それだけプライバシーの侵害や住民票を利用した社会的差別の深刻さを物語っているものである。

(8) プライバシー権は、憲法一三条の幸福追求権にその根拠を置くものである。プライバシー権についての違憲性審査基準は、それがプライバシー固有情報に関するものであるときは「やむにやまれぬ利益の基準」(制約が合憲と判断されるためには、必要不可欠な公益を守る目的があること、及び選択された制約の手段が右目的達成のために是非とも必要であること、の要件を満たさなければならないというもの)によるべきである。すなわち、

〈1〉 住民票の続柄欄において、非嫡出子につき嫡出子と異なる「子」と記載することにつき、やむにやまれぬ利益(制度の目的)が存すること

〈2〉 そしてその目的のためには、「子」という記載が必須であり、他にかわるべき手段が存しないこと

〈3〉 〈1〉〈2〉の要件を満たす場合でも、「子」という記載が公開され得る範囲がその目的のために必要最小限度の範囲にとどまるものであること

の少なくとも三要件が満たされていなければ違憲であるといわなければならない。

これを検討すると、

〈1〉 「目的」審査

住民票に差別表記をしなければなしえない行政実務は存しない。

〈2〉 目的と手段との実質的関連性

続柄差別表記の目的が、戸籍の照応性、正確性、統一性であるとするなら、現在の表記方法はこれを害することもあり、混乱を招くものである。

まず、「子」という記載は戸籍の「男」、「女」という表記方法と一致していないし、戸籍と住民票では編成方法が異なるため、同一人が戸籍では非嫡出子であることを示す「男」であっても、住民票では「世帯主」、「夫」、「妻」、「同居人」、「縁故者」等となり得るのである。すなわち、照応性、正確性、統一性といっても、すべての国民についてではないし、また表記が統一されているのではなく「非嫡出子であることを明らかにしておく」ことだけが統一されているのである。非嫡出子につき嫡出子と全く同一の記載方法をとったとしても、法律婚家族の利益は何ら害されない。また、嫡出子についても戸籍の「長男」が住民票では「二男」となり得ることがあり得るように、現在の続柄表記方法全体が、戸籍との統一性を守っているわけではなく、戸籍との統一性という目的と住民票続柄記載方法全体との関連性がすでに弱いのである。続柄の差別表記と「戸籍との統一性、連動性」という目的との実質的関連性は疑わしい。仮にすべての子につき、住民票で「子」と記載し、あるいは「娘」、「息子」と記載したとしても、戸籍と矛盾する訳ではなく、戸籍との統一性は十分保たれるのである。

〈3〉 公開の範囲

法一一条一項によれば、「何人でも、市町村長に対し、住民基本台帳の閲覧を請求することができる」とされ、住民基本台帳は公開が原則であり、閲覧が広く認められている。そして、同条四項及び一二条四項は、不当な目的によることが明らかなときに限り、閲覧及び写しの交付要求を拒むことができるとしている。この「不当な目的」によるチェック機能が実務上十分に働いておらず、特に本人自身の請求のときは、事実上無制限で交付されている。このため、「子」という続柄は、たとえば銀行、学校、勤務先、借家契約の際等さまざまな日常の場面において、非嫡出子であることを知る必要のない第三者の目に触れることがあることもむしろ周知の事実であるといっても過言ではない。このような、「戸籍との照応性、統一性、正確性」という差別表記の目的を実現する範囲を超えて、一般的な第三者に公開され得る方法がとられていることを合わせ考慮すれば、右〈3〉の要件を満たさない。

(五) ライフスタイルについての自己決定権の侵害(憲法一三条、二四条違背)

近時、私的な事柄についての自己決定権が憲法一三条の幸福追求権に包摂されるとの見解が有力である。この自己決定権も広い意味ではプライバシー権の一種であり、その制約についての違憲性審査基準は、規制目的と規制手段との間に実質的な合理的関連性のあることを要件とするのが、現在の学説の主流である。

(六) 条約違反

条約は憲法の水準以上の人権を保障することがあり得る。

批准された条約は国内的効力、自動執行性を有する。

(1) 国際人権規約B規約は自動執行性を有し、直接適用できる。同規約二四条及び二六条の「出生差別の禁止」に違背する。特に相続分についての一九八九年の規約人権委員会の一般的意見は右二四条の解釈の重要な指針となる。同規約一七条一項の「私生活、家族に対する恣意的又は不法な干渉の禁止」(プライバシー権)に違背する。一九九三年一一月四日、国際規約人権委員会から日本政府宛に、続柄欄を含めた出生届及び戸籍の中の差別表記につき、B規約一七条に違反するものであり、早急に改正手続をとるべきものであることを求める勧告が発せられた。

(2) 世界人権宣言二五条、子どもの権利宣言、国連経済社会理事会の一九七二年及び一九七九年の勧告、子どもの権利条約(平成六年五月に批准された)二条一、二項に違反する。

(3) 女性差別撤廃条約一六条一項dに違背する。

二  損害賠償請求について

1 差別記載の違法性

前記処分の違法性と同じ

2 故意過失

婚外子を「子」と記載する方法は、行政実務上の取扱いとして広く採用されている一定の確立した方法ではあるが、それには十分な根拠もなく、かつ明らかに憲法に違反するものであり、国家賠償法の解釈としても故意あるいは少なくとも過失があるものというべきである。住民基本台帳実務は、各地方自治体の固有事務であり、自治体の長は、法務省や自治省が出した通達である住民基本台帳事務処理要領に法的に拘束されるものではない。むしろ、地方自治の本旨に沿った方法をとるべき義務がある。だからこそ、これに拘束されずに婚外子について長男、長女式の記載がなされている事例も存在するのである。

3 損害

(一) 控訴人一郎

続柄差別は、婚外子に対する社会的差別とあいまって差別記載そのものが本人に精神的苦痛をもたらす。社会において住民票が広範に使用され、また容易に第三者が閲覧できるものであるため控訴人一郎のプライバシー権を侵害する。差別記載は、就学、就職、結婚といった本人の人生にとって重要な場面において不利益な取り扱い、差別を生じさせる原因となっており、控訴人一郎が現実にいまだこれらの差別を受けていないとしても将来において差別を受ける蓋然性は低くなく(このことは周知の事実といってよい。)その不安を抱えていなければならないこと自体が損害である。

(二) 控訴人甲野、控訴人乙山

親のプライバシー権の侵害及び親のライフスタイルについての自己決定権を侵害する。

[2]  被控訴人ら

一  行政訴訟について

1 処分性

本件住民票における続柄記載は単一の行政行為たる本件住民票記載行為の行為内容である記載事項の一つの記録に過ぎず、それ自体一個の行政行為たり得るものではない。いいかえると、本件住民票記載行為が公権力の行使たる行政行為として行政事件訴訟法三条の抗告訴訟の対象たり得るのは格別、本件続柄記載自体を単一の行政行為と概念する余地はない。というのは、行政行為の単一性は、当該行政行為の主体、客体、内容、目的、手段及び結果等を総合して自己完結性を有する一個の行政行為であることに由来するからである。また、本件続柄記載は、本件住民票記載上の控訴人一郎につき住民個人の同一性をより明らかにするための補助的記載事項として、世帯主で同控訴人の母である控訴人甲野との親子の身分関係を表示するにとどまり、それ自体で居住関係を公証するものではない。しかも、本件続柄記載はこれによってその親子の身分関係を公証する法的効果が生じるものでもない。右法的効果は親子の身分関係を公証する唯一の公簿である戸籍に発するからである。したがって、本件続柄記載は、控訴人一郎の居住関係を公証するものでなく、また、その記載に係る続柄の身分関係を公証するわけでもない単なる事実行為(事実行為一般を意味しない。)に過ぎない。

本件続柄記載の取消し請求が、本件住民票記載行為という単一の行政処分の一部取消しをいうとしても、行政処分の一部取消しは、その一部取消しによって当該行政処分の法的効果を変更(一部取消し)するものであることを要するところ、本件続柄記載の取消しにより、その続柄記載がたとえ「子」以外の表示(例えば「長女」)になったとしても、本件住民票記載行為という行政処分の法的効果すなわち控訴人一郎が昭和六〇年八月一七日以降被控訴人武蔵野市の住民であることを公証することに何らの消長をももたらすものではありえない。

加えて、本件住民票記載行為は、抗告訴訟の対象となる行政処分ではない。もとより、本件住民票記載行為は、被控訴人武蔵野市長の責務に属する住民基本台帳の整備に関する行政行為として行政庁の公権力の行使に当たる行為というべきであるが、そうでありながら、法七条の住民票記載行為は、当該行政庁(市町村長)の内部行為にとどまる。したがって、当該住民たる個人がその権利義務について直接の法的効果を受けることは原則として考えられない(これに対し、同法一二条の規定による住民票写し等の交付行為は、相手方(交付請求)のある当該行政庁の対外的行為であり、かつ、当該住民の居住関係を公証する法的効果を付与するものである。)。

2 原告適格

住民票は、住民に関する各種事務処理の基礎とされ住民の利便と行政の合理化が図られており、この行政事務処理上の作用からすれば、当該住民個人またはその世帯主、世帯員が受ける利益は右公益からの事実上の利益ないし反射的利益に過ぎない。

一方、住民票は居住関係の公証を目的とするが、住民基本台帳は個人単位による住民票の調整を原則としており(法六条一項)、あくまで当該個人の居住関係の公証を目的としている。したがって、「世帯主との続柄」等特定の世帯員に関する記載事項は当該個人の居住関係の公証のために必要なのであって、世帯主又は他の世帯員の居住関係の公証に直接関係するものではない。

もっとも、法六条一項は住民票の世帯ごとの編成を義務づけているが、これは専ら合理的、能率的な事務処理のためであって、住民個人の法的利益とは無関係である。

よって、控訴人甲野、控訴人乙山には本件続柄記載の取消しを求める原告適格はない。

3 本件住民票記載行為の適法性

(一) 住民基本台帳と戸籍の照応性

住民票における「世帯主との続柄」は身分事項であるところ、わが国においては戸籍が国民の身分関係を公証する唯一の公簿である。そして、戸籍も住民票も、いずれも同一人を公簿に記録しこれを基に公証を行うのであるから、当該個人を統一的に把握し又各種行政事務処理の利便を図るためには、住民基本台帳と戸籍とは密接な有機的関連をもたせ両者を相互に連動させることが必要であり、現行法上もそのような仕組みが採られている(法一六条ないし一九条、同法施行令一二条二項)。したがって、世帯主との身分関係が戸籍に記載されているときは、住民票における世帯主との続柄記載においても身分関係を公証する公簿である戸籍の記載方法に照応させることが合理的である。もっとも、戸籍の続柄欄においては非嫡出子は「男」、「女」と記載されるのに対し、住民票では単に「子」と記載されるが、これは住民票においては男女の別欄があるためであり、嫡出子と非嫡出子の区別を明らかにする点で戸籍との照応性は保たれている。

(二) 嫡出子と非嫡出子の区別

民法は、嫡出子、非嫡出子の区別によって相続上、身分上の権利義務に差異を設けているが、これらは合理的な根拠を有している。それ故、戸籍の記載において嫡出子と非嫡出子を区別して記載することは憲法一四条に違反しない。

(1) 相続分における区別の合理性

民法九〇〇条四号但書は法律婚の保護の観点から合理性を有するとともに、相続権の根拠からも合理性を有する。

そもそも、相続が行われる根拠は被相続人の明示又は推測された意思に基づくものと解され、相続する側の意思や立場から決定されるものではない。この意味で相続権は相続人が本来的に有する自然法的権利ではない。被相続人に嫡出子と非嫡出子がある場合、被相続人の意思は共同生活の過程で被相続人の財産形成に関与した限定的婚姻家族の一員である嫡出子につき、通常右にいうところの家族外である非嫡出子に比べ有利に扱うことは一般的に推測されるところであり、婚姻家族の保護を優先する被相続人の意思は合理性がある。

(2) 戸籍の続柄記載区別の合理性

仮に嫡出子と非嫡出子について相続分の差異をなくしたとしても嫡出子と非嫡出子の区別自体はなくならない。

すなわち、民法上嫡出子と非嫡出子の違いによって、相続分だけでなく身分上も〈1〉 法律上の父の定め方、〈2〉 出生時の氏の定め方、〈3〉 親権者の定め方に差異がある。具体的には、〈1〉 父母の婚姻中に懐胎した子は法律上当然に嫡出推定を受け(同法七七二条)、嫡出否認の訴えによらなければこれを否定できない(同法七七五条)が、非嫡出子については原則として認知によって始めて父子関係が生じ(同法七七九条)、また、〈2〉 嫡出子は原則として出生の始めより父母の氏を称する(同法七九〇条一項)のに対し、非嫡出子は原則として出生時の母の氏を称する(同法七九〇条二項)。更に、〈3〉 嫡出子は父母の共同親権に服する(同法八一八条三項)のに対し、非嫡出子は原則として母の親権に服し、父の認知後氏の変更手続を経て父の戸籍に入った場合でも父母の協議により父を親権者と定めたときに限り父が親権者となる(同法八一九条)。

そして、右の差異はいずれも両親が法律上の婚姻関係にないことから必然的に生じる差異である。

従って、法律婚制度を採用する以上、仮に法定相続分の差異をなくしても嫡出子と非嫡出子の区別自体はなくならないのであり、そうだとすれば身分関係を公証する唯一の公簿である戸籍上も嫡出子と非嫡出子の区別を明らかにするため、両者を区別して記載することが要請される。

(3) 以上の如く、法律婚制度を採用し嫡出子と非嫡出子の区別が避けられない以上、身分関係を公証する戸籍において両者を区別して記載し、更に戸籍との照応が要求される住民票において戸籍の記載に従って両者を区別して記載しても何ら違法ではない。しかも、本件住民票の記載は世帯主との続柄を単に「子」と表示したもので「私生子」、「姦生子」とか「非嫡出子」と表示するものではなく、かつ続柄の記載の区別によって社会的保障等に差別が生じるものでもない。

よって、本件住民票の続柄記載行為は憲法一四条、一三条、国際人権規約等の規定にいずれも抵触しない。更に、武蔵野市電子計算組織に係る個人情報の保護に関する条例については、同条例はそもそも住民票の記載を記録することまで禁止したものではない。

二  損害賠償請求について

本件続柄記載と損害の発生との間には相当因果関係がない。

〈1〉 本件続柄記載自体から直ちに控訴人一郎が非嫡出子であると理解することができるのは、住民票の記載方式に関する通達の内容に通暁した者に極限される。

〈2〉 控訴人一郎の非嫡出子たる身分は、その父母である控訴人甲野、控訴人乙山の両名の意思及び選択による事実婚がもたらした当然の所産であり、かつ、向後右控訴人両名が法律婚に至らない限り、控訴人一郎の嫡出子の身分取得はありえず、引き続きこれを維持するほかはない。

〈3〉 本件続柄記載は、控訴人一郎の非嫡出子たる生来的身分取得に追随して事後的に表示されるものであり、しかも、同控訴人の母である控訴人甲野との続柄欄にただ「子」と記載されるだけにとどまるから、これにより直接控訴人らに対しその主張の精神的損害をもたらすとは考えられない。

以上によれば、控訴人らが「社会生活の上でいわれのない偏見・差別に苦しめられ、不安・苦痛を被る」と主張する精神的損害の拠って来るところは、端的に、控訴人一郎の非嫡出子たる身分関係にはいたいする以外のなにものでもなく、右の因果関係が存在するとはいい難い。

第三  証拠

証拠関係は原審及び当審における証拠関係目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

当裁判所は、控訴人甲野及び控訴人乙山の本件続柄記載処分の取消し請求及び義務づけ請求にかかる各訴えについては、いずれも訴えの利益がなく、不適法であると、控訴人らの国家賠償請求については、右処分は違法であるが被控訴人市長に故意過失がなく理由がないものとそれぞれ判断する。以下その理由を述べる。

第一  当事者及び本件住民票の記載

以下の事実は当事者間に争いがない。

一  控訴人一郎は、控訴人甲野を母とし、控訴人乙山を父として(原審昭和六三年(ワ)第一七七八五号事件の甲一によれば、控訴人乙山は、控訴人一郎を認知していることが認められる。)、昭和六〇年八月一七日に出生した。

二  東京都中野区長は、昭和六〇年八月二三日、控訴人甲野から控訴人一郎の出生届を受理し、同月二四日付けで、その住所地の被控訴人市長に対し、住民票に記載すべき事項の通知をした。これを受けて、被控訴人市長は、同月二九日、職権で、住所を武蔵野市桜堤〈番地略〉とする世帯主控訴人甲野の世帯票(乙三によれば、控訴人乙山は、世帯主との続柄を「夫(未届)」とする世帯員として記載されていることが認められる。)に、控訴人一郎をその世帯に属する者として所要の事項を記載し、本件住民票の記載を行った。

その際、被控訴人市長は、控訴人一郎の世帯主である控訴人甲野との続柄を「子」と記載した。この続柄の記載については、これまで嫡出子の場合には「長男(女)、二男(女)、三男(女)」の例によって記載されることとなっていたのに対比すると、本件では、控訴人一郎が非嫡出子であるため、それとは異なった記載方法が取られたものである。

第二  控訴人甲野及び控訴人乙山の被控訴人市長に対する本件住民票の続柄記載の取消し請求

一  本件口頭弁論終結後の経過

弁論の全趣旨によれば、本件口頭弁論終結後の平成六年一二月に住民基本台帳事務処理要領の一部改正が行われ、平成七年三月一日から住民票における世帯主との続柄は、嫡出子であると認知された非嫡出子であるとを問わず、いずれも「子」と記載されることに改められ、右改正に伴い被控訴人市においても同年二月中にこれに副った住民票の改製の準備が完了し、同年三月一日から右改製が本件住民票を含むすべての住民票について実施されたこと、したがって、同日以降である現時点においては、改製後の本件住民票における控訴人一郎の「子」という続柄の記載は、嫡出子のそれと全く区別のない記載となっていることが認められる。そうすると、現時点では、本件住民票の続柄記載の取消請求については、その訴えの利益が消滅したものといわざるを得ない。その理由は以下のとおりである。

まず、控訴人甲野及び控訴人乙山が「処分その他公権力の行使に当たる行為」であるとして取消しを求めているものは、昭和六〇年八月二九日に被控訴人市長によってされた控訴人一郎についての続柄の記載であるが、右記載は、前述したように、既に改製により処分としては消滅しているから、現時点においては、本訴において取消しを求める対象が存在していないことになる。のみならず、本件住民票の右続柄の記載については、それが取り消された後にされるべき措置として考えられる、嫡出子の場合と同一の記載のある改製後の住民票作成(後記第三の義務付け訴訟において控訴人甲野及び控訴人乙山が求めているところと実質を同じくするものである。)が既にされている。したがって、少なくとも現時点においては、本件住民票の続柄記載の取消しを求める訴えの利益はないと考えられる。

この点を実質的に見ても、本件住民票の記載が抗告訴訟の対象となる処分といえるためには、右記載が右控訴人らの法律上の地位ないし権利関係に対し直接に何らかの影響を及ぼすものである(例えば、公職選挙法等の法律上予定されている人の同一性確認に関係するなど)ことを要し、右の影響が事実上あるという程度では十分ではないと解すべきであるところ、本件住民票の続柄の記載は、少なくとも平成七年三月一日以降である現時点においては、控訴人甲野及び控訴人乙山のいずれについても、そうした記載があることによって事実上の不利益が及ぶことがあるとしても、その法律上の地位ないし権利関係に対し直接に何らかの影響を及ぼすことはないと考えられる。したがって、仮に、右記載が前記改製前においては処分性を有していたとしても、少なくとも現時点においては、その処分の実質を喪失していると言わざるを得ず、前記と同様の結論にならざるを得ない。

もっとも、右改製前の住民票の写しの交付請求があった場合に続柄記載を省略しないで交付し、かつ、それが右改製前のものであることが明らかになる形でされることがあり得るとすると、これを根拠にして、「控訴人甲野及び控訴人乙山にとって回復すべき法律上の利益が現時点においてもないといえず、したがって本件住民票の前記続柄の記載の取消しを求める訴えの利益がある。」旨の主張のされることも考えられるので、その主張は前記のように理由がないけれども、更に念のため、そうした形での交付のあることも考えられないという点についての判示をしておくことにする。

まず、こうした請求は、実際には、右改製により長男、長女などの記載が子と改められた場合と異なり、本件住民票の続柄記載の場合には極めて考えにくいことである(本件住民票の写しについて、本件訴訟の資料として必要であるとの考えのもとに、そのような請求がされ、交付がされたことがあるとしても、それは極めて特殊な場合であるといってよい。)。

のみならず、法一二条三項により市町村長は、特別の請求がない限り、七条四号(続柄を含む。)、五号(戸籍の表示)及び九号から一三号までに掲げる事項の全部又は一部を省略した写しを交付することができることとされている上、弁論の全趣旨によれば、この度の改正はプライバシーの保護を図ることをもってその趣旨とされ、右改正に合わせて改製前の住民票の写しの交付請求があった場合には、プライバシー保護を図る観点から、市町村長の判断により、合理的制限をすることができる旨の運用通達がされていることが認められるのであるから、非嫡出子とわかる続柄記載は右改正前とは異なり一般的には省略されるであろうと考えられる。

しかし、住民票の写しの交付を請求する者が、あくまで改製前の続柄の記載を省略しないままの本件住民票の写しの交付請求を維持する場合には、これを拒否できるためには、その法的根拠が必要となる。その点については次のように考えるべきである。改製前の住民票において当時の住所の記載がどのようなものであったかを知る正当な必要があることは容易に理解し得るところであるが、本件住民票について改製前の続柄の記載をあくまでも要求する前記のような請求が、本件住民票に記載されてはいない第三者によってされる場合において、その請求に合理的必要性があることは極めて特殊なとき(何らかの純粋に学術的な研究調査のためというときがあるいは考えられるかもしれない。)以外は考えられない。換言すれば、そうした交付請求は、極めて例外的な場合を除き、非嫡出子であることを不当な目的で知ろうとするものであるといえるから、その目的が正当であることが明らかにされない限り(その立証は一般に極めて困難であろう。)、法一二条四項にいう「請求が不当な目的によることが明らかなとき」に当たるとして、被控訴人市長は、これを拒否することができるものと解するのが相当である。したがって、この点から訴えの利益があるとすることも困難であるといわなければならない。

二  したがって、控訴人甲野及び控訴人乙山の被控訴人市長に対する本件住民票の続柄記載の取消し請求にかかる訴えはいずれも訴えの利益がない点において既に不適法といわざるをえない(右のような本件における訴えの利益の判断を弁論終結後の前記のような事情を考慮に入れて行うことは許されるものと解される。)。

第三  控訴人甲野及び控訴人乙山の被控訴人市長に対する義務づけ訴訟の適否

控訴人甲野及び控訴人乙山の被控訴人市長に対する控訴人一郎の世帯主との続柄欄を嫡出子と非嫡出子の区別なく記載した住民票の発行を求める訴えについても、前記住民票の続柄記載の取消を求める訴えと同様、本判決時点においては訴えの利益を欠き不適法なものといわざるを得ない。

第四  控訴人らの被控訴人市に対する国家賠償請求

一  被控訴人市長のした本件住民票の記載の違法性及び故意、過失

控訴人らは、被控訴人市に対し、被控訴人市長のした本件住民票の続柄記載が違法であるとして、国家賠償法一条一項に基づき、被控訴人市長に故意又は過失があったとして、被控訴人市に対し、損害賠償を求めるものである。本件全証拠によっても、被控訴人市長に同項にいう故意があったものと認めることはできない。そこで、以下に右違法性及び過失について順次判断する。

二  被控訴人市長のした本件住民票の続柄記載の違法性について

1  本件住民票の続柄記載とプライバシー

(一) プライバシーの権利

個人の人格は相互に尊重されなければならず、不当に個人の私生活上の事柄や知られたくない個人の属性に関する情報等(プライバシー)は、公開されることから保護されているのでなければならないと考えることに問題はなく、このようなプライバシーの権利は、憲法一三条によって保障を受ける人格的利益の一環として法的保護の対象になるものと解するのが相当である。

(二) 本件住民票における続柄記載の持つ意味とプライバシー

本件住民票における続柄記載である「子」という記載は、これまで嫡出子の場合には長男、長女などと記載されることになっていたこととの対比において、子である控訴人一郎にとっては自己が非嫡出子であること、両親である控訴人甲野及び控訴人乙山にとっては、自己らの間の子が非嫡出子であること、すなわち自己らが婚姻届を出さずに子を儲けたことを意味することになる記載であって、このような右記載の意味するところは、一般人の意識を基準とすれば、いずれも控訴人一郎はもとより控訴人甲野及び控訴人乙山それぞれにとって他に知られたくない個人の属性に関する情報ということができるものであるから、それは控訴人らの有するプライバシーに属するものといわなければならない。

(三) 住民基本台帳の公開原則

ところで、昭和六〇年法律第七六号による改正(同年六月二五日公布、昭和六一年六月一日施行。本件住民票記載時期は、前記のとおり昭和六〇年八月二九日であるから、右公布後施行までの間に当たる。)前から住民基本台帳について公開原則がとられており、個人情報についてのプライバシー保護についての社会的関心の高まりがその背景といわれる右改正後においても法一一条一項では何人でも、市町村長に対し、住民基本台帳の閲覧を請求することができると、同一二条一項では何人でも、市町村長に対し、住民票の写し〔中略〕の交付を請求することができるとそれぞれ定められていて、右公開原則は維持されており、ただ、同一一条、一二条の各四項では不当な目的によることが明らかなときには右各請求を拒むことができることが定められており、これとともに同一二条三項により市町村長は、特別の請求がない限り、七条四号(続柄を含む。)、五号(戸籍の表示)及び九号から一三号までに掲げる事項の全部又は一部を省略した写しを交付することができることとされているが、実際には続柄等を必要とする手続等が広範に存在しており、住民の日常生活の場面において、住民票に記載されている続柄等プライバシーに属する個人情報が不必要に他人に知られることが、これまで避けられない実情にあったことが認められる(原審証人佐藤文明の証言)。

(四) 非嫡出子を意味する記載が住民票にされることによるプライバシーの侵害

他方、当審証人中田千鶴子、同落合恵子の各証言及び原審控訴人甲野本人尋問の結果によれば、非嫡出子は、非嫡出子という本人に選択の余地のない出生により取得した自己の属性(身分)により就学、就職及び結婚等の社会関係において深刻な不利益取り扱いを受けていることが認められ、このような社会的差別の存在が右属性についてこれが他に知られたくない個人情報として個人のプライバシーに属する実質的根拠となっているものと考えられる。保険発第九号・庁保険発第一号平成三年二月一日厚生省保険局保険課長・社会保険庁運営部保険指導課長発都道府県民生主管部(局)保険主管課(部)長宛通知により健康保険等の被保険者証の続柄につきプライバシー保護の観点から子については全て単に「子」と記載することと改められ(甲八〇)、平成五年一〇月二一日に開催された全国連合戸籍事務協議会において、山形、兵庫及び埼玉の各県から提案されていた住民票における嫡出子と非嫡出子の表記をプライバシー保護の観点から区別せず、統一した表示にするよう改善を求める要望が採択された(甲一七六及び弁論の全趣旨)こともこの間の事情を物語っているものと考えられる。

(五) 非嫡出子を意味する記載を住民票にする合理性、必要性の不存在

右にみたような住民基本台帳の公開原則及びそのもとでの公開の実情及び非嫡出子をとりまく社会的差別の深刻な実態に照らすと、本件住民票における続柄記載のような非嫡出子について一目でそれとわかる嫡出子との差別記載をすることの合理性必要性が厳格に問われなければならない。

そして、以下にみるとおり、この点に関する合理性、必要性は否定的に解さざるを得ない。

(1) 法は、七条において住民票の記載事項を定めており、その四号において世帯主との続柄を記載事項としているが、その記載方法までは定めていない。したがって、この点は、住民基本台帳事務は地方自治体である市町村の固有事務である(地方自治法一三条の二)ことに鑑み、市町村長が住民基本台帳制度の定められた目的に適合するよう決定することとなる。

もっとも、住民基本台帳の住民票の記載方法等に関しては、国において、住民基本台帳事務処理要領(以下「事務処理要領」という。以下、特にことわらない限り、続柄記載方法に関しては、平成六年一二月の改正前のものをいう。)を定めており、法務省民事局長、厚生省保険局長、社会保険庁年金保険部長、食糧庁長官及び自治省行政局長から各都道府県知事宛通知され、これが市町村に示達されており、これによれば嫡出子の続柄は「長男(女)」、「二男(女)」と、非嫡出子のそれは「子」とそれぞれ記載することとされている(乙一)。

もとより、事務処理要領は市町村長を拘束する法的効力を有するものではなく、現にこれに従わず、嫡出子、非嫡出子で続柄の表記を区別することなく「長男(女)」、「二男(二女)」式に記載している自治体もなかったわけではないことが認められる(甲一ないし四、原審証人佐藤文明の証言)が、これまで一般的には事務処理要領にしたがって嫡出子と非嫡出子で右のような区別した記載をしていたものと考えられ、本件住民票の続柄記載の場合も同様であることが弁論の全趣旨より明らかである。

ところで、住民基本台帳制度は、住民の居住関係の公証等の住民に関する事務の処理の基礎とするために、市町村において、住民に関する記録を正確かつ統一的に行うこととしたものであり(法一条)、このために市町村長は、前記のとおり世帯を基礎として、住民票を作成することとされている(法六条)。したがって、住民票は住民の居住関係を公証する唯一の公簿であり、これには住民に関する記録が正確かつ統一的に行われる必要がある。このような住民票の目的からすれば世帯主との続柄がその記載事項と定められている実質的理由は、当該住民につきその属する世帯の主宰者である世帯主との身分関係を表記して、この点からもその居住関係を明確にしてこれを公証することにあるものと考えられるのであって、このような見地に立てば、世帯主の子であれば、嫡出子、非嫡出子とで区別して記載するまでの必要性があるとはいえず、この両者について同一の記載をすることによって、住民行政事務処理上の支障が生ずるものとは考えられない(原審証人佐藤文明の証言)。

(2) 被控訴人市長は、わが国においては戸籍が国民の身分関係を公証する唯一の公簿であり、戸籍も住民票も、いずれも同一人を公簿に記録しこれを基に公証を行うのであるから、当該個人を統一的に把握し、又各種行政事務処理の利便を図るためには、住民基本台帳と戸籍とを連動させることが必要であるし現行法にもそのような仕組みがとられていると主張する。

なるほど、同被控訴人主張のように、戸籍は国民の身分関係を公証する唯一の公簿であるところ、これと住民の居住関係を公証する唯一の公簿である住民票との共通の記載事項である氏名(法七条一号)、出生の年月日(同条二号)、男女の別(同条三号)、戸籍の表示、すなわち本籍及び戸籍の筆頭に記載された者の氏名(同条五号)については、その内容を一致させるために戸籍と住民票が相互に連動できるようにするための規定が設けられている(法一六条ないし一九条、法施行令一二条二項)が、これらは、いずれも人の同一性に関する基本的事項であって、同一人に関する公簿としての正確性を確保するためにこのような連動性を設けることには合理性があるが、続柄についてはこのような共通事項とされていないうえ、事務処理要領によれば、嫡出子でも戸籍では父母との続柄は先妻との「長男」、後妻との「長男」と記載するが、住民票では世帯主との続柄は「長男」、「二男」と記載するものとされ、また、非嫡出子でも戸籍では「男」、「女」と記載する(戸籍法四九条二項一号、同法施行規則附録六号ひな形)が、住民票では「子」と記載するものとされており、続柄記載が相互に正確に一致すべきものとされていない。このことは、住民票が身分関係を公証するものではないこと(前記のとおり身分関係を公証する唯一の公簿は戸籍である。)、住民票の続柄記載は住民票独自の目的(住民の居住関係の公証)に副ってなされるものであることを考慮したものと考えられるのであって、戸籍と住民票の連動性を続柄にまで及ぼすことは法の当然に要求するところのものではないことを示すものと考えられる。

被控訴人市長は、右のような記載でも嫡出子と非嫡出子との区別はなされるのであるから、その限りで戸籍における嫡出子と非嫡出子との区別記載とは照応しているし、民法が嫡出子と非嫡出子とで親族、相続上の権利義務に差異を設けている以上右照応性には合理性があると主張する。しかしながら、戸籍上嫡出子と非嫡出子との区別記載が許されるかの点についても問題の存するところであるのみならず、仮にそれが許されるとの同被控訴人の右主張を前提としても、前記のとおり、住民票は身分関係を公証するものではなく、身分関係を公証する公簿としては戸籍しか存在しないのであるから、住民の居住関係を公証する公簿である住民票に被控訴人市長の主張する限度での右照応性を要求する必然的な根拠ないし合理性はないと考えられる上、右照応性を保持すべき住民行政事務処理上の必要性についても、被控訴人市長の主張立証がないだけではなく、それはないと考えられる(現に平成七年三月一日以降は、住民票の続柄欄の記載方法も、前記のように改められた。)。住民票がある程度戸籍の代替的機能を果たしているということがあるとしても、それは単に事実上の機能であって、これを理由に右必要性を肯定するには足りない。

(六) 結論

以上のとおりであって、本件住民票における嫡出子と区別した続柄の記載は、住民基本台帳制度の目的との関連で合理性、必要性がなく、控訴人らの有するプライバシーを侵害するものであって、違法の評価を免れず、その他の要件が具備されれば、控訴人らに対する不法行為となる可能性のあるものというべきである。

2  本件住民票の続柄記載と法の下における平等

(一) 本件住民票の続柄記載の持つ意味と憲法一四条

憲法一四条一項は、すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されないことを規定している。その趣旨とするところは、右に列挙された事由による不合理な差別を禁止するところにあると解される。そこで、子が嫡出であるか非嫡出であるかということは右にいう社会的身分の一種と解されるから、子が非嫡出子であることを理由とする不合理な差別は許されないというべきである。

ところで、前記判示のとおり本件住民票における続柄記載である「子」という記載は、これまで嫡出子の場合には長男、長女などと記載されることになっていたこととの対比において、子である控訴人一郎が非嫡出子であることを意味するものと受け取られる記載である。このような非嫡出子を意味する記載が、その及ぼす結果を考えた場合において、控訴人一郎についての不合理な差別となる可能性もある。したがって、本件住民票における続柄記載の同条項との適合性も検討しなければならない。

(二) 非嫡出子を意味する記載が住民票にされることによる法の下における平等に対する侵害

前記判示のとおり、住民基本台帳について公開原則がとられており、実際には続柄等を必要とする手続等が広範に存在しており、住民の日常的社会生活の場面において、続柄等の個人情報が他人に知られることがこれまで避けられない実情にあったこと、非嫡出子は、非嫡出子という本人に選択の余地のない出生により取得した自己の属性(社会的身分)により就学、就職及び結婚等の社会関係において深刻な不利益取り扱いを受けている実態のあることが、いずれも認められる。このような実情、実態の存在するもとでは、本件住民票における嫡出子との差別記載は合理性、必要性がない限り許されないものといわなければならない。

(三) 非嫡出子を意味する記載を住民票にする合理性、必要性の不存在

前記判示のとおり、本件住民票における嫡出子と区別した続柄記載は、住民基本台帳制度の目的との関連で合理性、必要性がないと考えられる。

(四) 結論

以上のとおりであって、本件住民票における嫡出子と区別した続柄の記載は、住民基本台帳制度の目的との関連で合理性、必要性がなく、控訴人一郎をその社会的身分である非嫡出子であることを理由として不合理な差別をするものであって、違法の評価を免れず、その他の要件が具備されれば、同控訴人に対する不法行為となる可能性のあるものというべきである。そのことは、同控訴人の母である控訴人甲野、控訴人一郎の父である控訴人乙山についても同様である。

三  被控訴人市長の過失について

被控訴人市長の過失の有無を判断するに当たっては、右記載の時点において住民基本台帳の作成に関する事務を担当する一地方自治体の長としての被控訴人市長に通常要求される職務上の注意義務の内容に照らして、その記載方法に職務上の注意義務に違背したとみられる点があるか否かという観点に立って行われるべきであるものと解される。

被控訴人市長は、本件住民票の続柄記載を地方自治体の固有事務の執行としてしたものではあるけれども、前記のとおり国の定めた事務処理要領に従って右続柄記載の職務執行をしたものであり、かつ、右職務執行の時点である昭和六〇年八月当時においては、本件住民票におけるような続柄記載の方法が各市町村長の職務執行における一般的実情であったと認められるのであるから、被控訴人市長が昭和六〇年八月当時にした右記載が職務上の注意義務に違反し、過失があったものとまではいうことができない。その後、前記のように、いずれもプライバシー保護の見地から行われた法の改正(昭和六一年六月施行)、健康保険等の被保険者証等における続柄記載の統一(平成三年二月)、全国の住民基本台帳実務担当者の協議会における続柄記載の統一要望の採択(平成五年一〇月)等の国内の動向や国際人権規約委員会による日本政府宛の婚外子に対する差別的な法規定や実務慣行が、国際人権B規約一七条(私生活、名誉及び信用の保護)、二四条(児童の権利)に違反するなどとするコメントの採択(同年一一月、甲一九四)などの国外における動向が見られ、非嫡出子の人権などをめぐっての状況の変化があった。したがって、現時点において本件住民票のような続柄記載がされたとすれば、それについては、違法であることはもちろんであるが、それのみではなく、故意過失があると判断されることになり得るとしても、そのことは、右判示を左右するものではない。

四  結論

以上のとおりであるから、その他の点について判断するまでもなく、被控訴人市には、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任はないといわなければならない。

第五  結論

よって、控訴人甲野及び控訴人乙山の、被控訴人市長に対する請求中、同被控訴人が昭和六〇年八月二九日に控訴人一郎の住民票の世帯主との続柄欄を記載するに当たり世帯主である控訴人甲野との続柄を「子」と記載した処分の取消しを求める請求にかかる訴え及び被控訴人市長に対する請求中、控訴人一郎の世帯主との続柄欄を嫡出子と非嫡出子の区別なく記載した住民票の発行を求める旨の請求にかかる訴えは、いずれも訴えの利益を欠く不適法なものとして却下すべきであり、控訴人らの被控訴人市に対する損害賠償請求はいずれも理由がなく棄却すべきであるから、これと結論を同じくする原判決は正当であって、控訴人らの控訴はいずれも理由がないから、これをいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

なお、原判決主文第一項中の「請求」の表現は、明白な誤りであるので、同法一九四条一項によりこれを「訴え」と更正する。

(裁判長裁判官 伊藤滋夫 裁判官 矢崎正彦 裁判官 飯村敏明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例